【円満乖離】

海を見つめながら片瀬江ノ島の浜段に座る二人。

女「芸能人の事務所の円満退社とか円満離婚とかってさ、ふっ笑 アレなんなんだろうね」
男「な!そんなのあるわけねぇよ」

そんな和やかな空気をさらっていくかのように二人を風が包む。

本題に入るというように海の向こうを見ながら女が重い口を開く。
女「…じゃあさ、最後にお互いの嫌いだったとこと、好きだったとこ、ひとつずつ言い合おう?」
男「…わかった」
男も同じく海の向こうを見ながらそう答えた。

女「じゃあ私からね」
男「…うん」
女「嫌いだったとこは…嘘つくとこ」
男「…」
女「好きだったとこは…私の事ちゃんと好きでいてくれたとこ」

女の声はなるべく感情が出ないよう押し殺しているのか、声が震えているのが男にも耳から伝わっていた。

男「…」
女「はい、次そっち」
男「…好きだったとこは………ぜんぶ」
女「…」
男「…」
女「ダメ、一個って言ったじゃん」
男「一個だよ」
女「…?」
男「ぜんぶが一個」
女「…じゃあ嫌いだったとこ」
男「…無い」
女「…」

二人の空白を埋めるようにまた海風が吹く。

女「…なんかわたしが嫌な奴みたい。フェアじゃないこんなの」
男「…」
女「ねぇ、なんで好きなとこから言ったの」
男「オチがつまんない方がいいかなと思って」
女「ふざけてんの?」
ムキになった拍子に男の目を見てしまう女。

男「なんだよ…せっかく笑って円満に別れるチャレンジしてみたのに」
女「…」

男の目は冗談を言うのが精一杯かのように見えた。

女「…帰ったら写真全部消す。LINEも消す」
男「大変な作業だ…たっくさんあるもんな」
女「…(切り替えて)でも消したらiPhoneの容量めっちゃ増えるよ」
男「たしかに。そしたらちがう写真いっぱい撮れるな!」
女「何撮んの?」
男「ん〜風景とか。…誰も映ってないけど笑」
女「…」

女はこれ以上話すと、本心が男との思い出と結びついてしまうことを恐れ立ち上がった。
女「そろそろ行くね」
男「おう」

女はゆっくりと背を向けて小さい歩幅で歩き出す。
数歩歩いて止まり、ゆっくり確かめるように後ろを振り返る。
男はその場で背を向けて立っていた。
男の肩が小刻みに震えているのが分かる。
女、衝動的にその背中に引き寄せられるように走りかかるも苦しそうに目を瞑って足を止め一息つく。
そして再度背中を見せ、涙をこぼしながら足早に去っていく。

人を好きになる事も、嫌いになる事も簡単ではない。
でも、またヨリを戻してもきっと同じことの繰り返しになる。二人にはそれが分かってた。
きっと苦しいのは今だけだ。

女が抑えきれていない泣き声を抑えながら歩く。
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