【高架下にて】コントストーリー  作:河野竜太

営業の仕事が終わり、俺と上司は和食屋で昼食を済ませ会社に戻るため社用車に乗った。
二人の乗る車が電車の走る高架下に差し掛かった。
ちょうど上を電車が走る。

上司「電車うるせぇな…」
俺「うるさいっすね…」
上司「え?」
俺「電車がうるさいですねって」
上司「ごめん、なんにも聞こえねぇ」
俺「何も聞こえないですか?ほんっとうになにも聞こえないんですね!?」
上司「・・・」
俺「バーカ!あんた前から思ってたんだけどさ、ちょっとは身だしなみに気を遣えよ」

車が前に進み静かになる。
上司「…おまえさ、今ばかとか言ってなかった?」
俺「えっ、僕ですか?言うわけないじゃないですかそんなの、大人ですから僕も」
上司「本当か?じゃあなんて言ってたの?」
俺「今日も暑いですねって」
上司「顔がバーカって顔してたけどなぁ…」
俺「そういう顔なんですよ元々」
上司「ねぇよそんな顔」

そしてまた同じような高架下に差し掛かり、電車が通る。

俺「バーカ」
上司「やっぱバカって言ってるな!」

車が前に動き、
上司「おい!お前やっぱバカって言ってただろ」
俺「違いますよ、ウチの会社昼食代が経費で落ちるのいいですねって言ったんです」
上司「ウソつくなよお前。そんな文字数口動いてなかったわ」
俺「口の動きがそう見えたのならごめんなさい」
上司「絶対社長チクるからな」
俺「いいですよ別に。そんなの揉み消されるだけですから」
上司「こいつ…」
俺「僕は社長にとっての甥であり、会長にとってのかわいいかわいい孫ですから」
上司「クソが…。あとな、お前さっき昼食代が経費で落ちるとか言ってたけどそれお前だけだからな」
俺「そうなんですか?」
上司「そうだよ、なんならお前と昼メシ食う時は俺のポケットマネーから出させられてんだよ」
俺「それくらいいいじゃないですか、年収1000
万近く貰ってるんですから」
上司「あのな…俺にも家族がいるんだよ」
俺「ぼくにだって家族ぐらいいますよ」
上司「そういうことじゃねんだよ、お前結婚してねぇだろ」
俺「ケマハラやめて下さい」
上司「なんだそれ」
俺「結婚マウントハラスメントですよ」
上司「すぐ新しいの作んなよお前。お前みたいなガキがいるから俺らが苦労するんだよまったく…」
俺「でも森下さんもこれしか仕事してないのにこんなにお金貰えるんですからやっぱり高待遇ですよウチの会社は」
上司「なんでこんな会社入っちまったんだ…いや、コイツさえ新入社員で入ってこなければ…」
俺「やっぱりバカですね」
上司「サラッとバカとか言ってんじゃねぇよ、オレお前の親と同じくらいの歳だぞ」
俺「お、着きましたね。じゃあ先戻ってるんで」
上司「クソガキが…」

       終
【円満乖離】作:河野 竜太

海を見つめながら片瀬江ノ島の浜段に座る二人。

女「芸能人の事務所の円満退社とか円満離婚とかってさ、ふっ笑 アレなんなんだろうね」
男「な!そんなのあるわけねぇよ」

そんな和やかな空気をさらっていくかのように二人を風が包む。

本題に入るというように海の向こうを見ながら女が重い口を開く。
女「…じゃあさ、最後にお互いの嫌いだったとこと、好きだったとこ、ひとつずつ言い合おう?」
男「…わかった」
男も同じく海の向こうを見ながらそう答えた。

女「じゃあ私からね」
男「…うん」
女「嫌いだったとこは…嘘つくとこ」
男「…」
女「好きだったとこは…私の事ちゃんと好きでいてくれたとこ」

女の声はなるべく感情が出ないよう押し殺しているのか、声が震えているのが男にも耳から伝わっていた。

男「…」
女「はい、次そっち」
男「…好きだったとこは………ぜんぶ」
女「…」
男「…」
女「ダメ、一個って言ったじゃん」
男「一個だよ」
女「…?」
男「ぜんぶが一個」
女「…じゃあ嫌いだったとこ」
男「…無い」
女「…」

二人の空白を埋めるようにまた海風が吹く。

女「…なんかわたしが嫌な奴みたい。フェアじゃないこんなの」
男「…」
女「ねぇ、なんで好きなとこから言ったの」
男「オチがつまんない方がいいかなと思って」
女「ふざけてんの?」
ムキになった拍子に男の目を見てしまう女。

男「なんだよ…せっかく笑って円満に別れるチャレンジしてみたのに」
女「…」

男の目は冗談を言うのが精一杯かのように見えた。

女「…帰ったら写真全部消す。LINEも消す」
男「大変な作業だ…たっくさんあるもんな」
女「…(切り替えて)でも消したらiPhoneの容量めっちゃ増えるよ」
男「たしかに。そしたらちがう写真いっぱい撮れるな!」
女「何撮んの?」
男「ん〜風景とか。…誰も映ってないけど笑」
女「…」

女はこれ以上話すと、本心が男との思い出と結びついてしまうことを恐れ立ち上がった。
女「そろそろ行くね」
男「おう」

女はゆっくりと背を向けて小さい歩幅で歩き出す。
数歩歩いて止まり、ゆっくり確かめるように後ろを振り返る。
男はその場で背を向けて立っていた。
男の肩が小刻みに震えているのが分かる。
女、衝動的にその背中に引き寄せられるように走りかかるも苦しそうに目を瞑って足を止め一息つく。
そして再度背中を見せ、涙をこぼしながら足早に去っていく。

人を好きになる事も、嫌いになる事も簡単ではない。
でも、またヨリを戻してもきっと同じことの繰り返しになる。二人にはそれが分かってた。
きっと苦しいのは今だけだ。

女が抑えきれていない泣き声を抑えながら歩く。
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